月別アーカイブ: 2007年7月

自分が議事録を書く際に気をつけていること

「議事録」は社内外の会議、打合せ、レビュー等のアウトプットです。
良い議事録を書く留意点、テクニックは色々あり、例えば…

1営業日以内に書く

記憶は曖昧で、かつ、あっという間に別のタスクが入ってくるので、早めに関係者に配布し、必要なアクションを起こしてもらうよう促します。

決まった事、決まらなかった事を明確に書く。

議事録は日記ではないので、「で、結局、どうなん?」が必要です。アクションが必要な決定事項には、いつ/誰が/どのように…5W1Hですね…を書きます。

事前に議事録を作成しておく

会議前にアジェンダ的な議事録(事前に会議の流れ、テーマを想定する)を用意しておき、それに基づき会議を進め、内容を穴埋めの要領で記述することで素早く議事録を完成させます。

(結論以外に)その結論に至った途中経過や他の意見も記述するようにする。

これについてちょっと考察します。
まずはメリットから。

■メリット
1:議論時の検討内容が後で分かる。
2:何故その結論になったが分かる。
3:検討の経緯が第三者から分かる。
 

その結果、「議論の蒸し返し」(あれってどうなったっけ?)、「検討内容の漏れ」(この結論の前に別の手段も検討したのか?)を防ぐことが出来ます。

次にデメリット。

■デメリット
1:議事録が見にくくなる。
2:議論の内容を書くのが難しい。

往々にして白熱すると早口になり、論理的に話すのも難しくなります(この辺、『言葉』と『文章』には断絶があります)。
その流れを書くとなると書記に高い能力が必要になります。
馬鹿正直にそのまま書くと台本のような議事録になってしまいますし(苦笑)。
※余談ですが、これは議事進行を整理してスムーズに行う(ファシリテーション)ことである程度は解消出来ると思います。

で、最後に過程を書いた方が良い例えを上げると…

■例
お客様と「資産データ一括取込機能の1次フェーズ導入の可否について」(やけに具体的ですが)と打合せで議論します。
そして議事録には「資産データ一括取込機能の1次フェーズ導入はしない。 理由:導入コストの費用対効果が見込めない為」だったとしましょう。

結果だげが記載されている議事録だけだと「コスト面は検討したが、ユーザのメリット、デメリットは検討したのだろうか?」となり、「そもそもコスト面というが、いくらかかるから…なのだろうか?」「簡易的機能で実現出来る方法は検討したのだろうか?」等々の疑問が出てきます。

実際の会議では様々な議論、あっちこっちに行く話の中で出ていると思います。
これを文字にして、論理立てた議事録を作るのは難しいのでっすが、これらを検討したことが議事録に記載されていると、先程挙げたメリットが得られます。

うまく運用出来ているプロジェクトでは副次的な効果として、参会者の中には、過程を書かれることを意識してか、会話、発言が(白熱してもちょっと一息付いて)論理的になるように意識して(後で議事録に書きやすいように)話す人も出てきたりしました。

会議の工数は「時間×出席人数」なわけで、工数のかなりの割合を占めます。
なので、会議の時間を無駄にしたくないなぁと思うわけです。

※注意:この記事は旧サウスポーなエンジニアの独り言から移行し一部修正したエントリです。

Photo credit: amboo who? via Visualhunt / CC BY-SA

昔は良かった?

年上の人と話すと、割と誰しもが感じる「昔は~だった」について、「自分もこうなったらあかんな」と自戒を込めて書きます。

年上の方と話していると、時々「昔は…だった」という話が出てきます。
昔の話を聞けるのは、自分の知らない年代、経験を知る事が出来るので、有意義なことが多いと思います。

パターンの1つは「昔は…だったが、今は…こうだ」です。
これは単なる事実の比較なので、この比較に異を唱えることも、同調出来る部分もあるでしょう(少なくとも昔は知らないので「今は…」の部分だけでしょうが…)。
飲み会等で、この類の話で盛り上がれれば年代に関係なく有意義な話が出来ると思います。

で、厄介なのは、上の派生パターン「昔は…だった、『だから』(君達も)こうしないといけない、すべきだ」です。これが本当に厄介です。

例えば食事中「戦時中は食べ物がなく、今日食べるにも苦労した。だから食べ物を粗末にしてはいけないし、おかずで文句を言わない」てな話をされます。確かに食べ物を粗末にしてはいけません。

が、戦時中の話を持ち出して、主張に対する理由とする構造は「??」と違和感を感じます。

また仕事話でも「最近の若いものは、ちょっとした残業、徹夜で根を上げる。俺が若い頃は徹夜、残業当たり前で何百時間も仕事したんだ。だからお前達もがんばれ」があります。
(それ程前でもない)10年前と、今では考え方も(どの方向かは別として)変わりますし、もちろん周りの環境、全てが変化しています。

仮定ですが、10年前と同じ外的、内的環境であれば上記2つの言い分も分かります。同じ土俵で話をするわけですから。
これはこれで「僕には僕のやり方があります」と切り返して議論になりますが。

しかし、そんな仮定は成り立たなくて…しかも、だいたい言う人が年齢的に上(役職も上)なので「そうですね…」という薄笑いを浮かべつつ、消極的相づちをすることになります(苦笑)。

最初にも書きましたが、年長者の経験話に価値が無いというつもりは全然ありません。それは良い勉強になります。

自分もこうならないようになぁということと、せっかくの良い結論の理由が、あまり正当性の無いと、その結論自体が崩れてしまうことが多いよなぁということです。

※注意:この記事は旧サウスポーなエンジニアの独り言から移行し一部修正したエントリです。

Photo via Visual Hunt

インプットとアウトプットのバランス

仕事ではインプットに対してどのようなアウトプット(成果物)を出すかが大事です。

一握りの創造性豊かな人以外にとって、そのアウトプットの元ネタとなるインプットが存在していることが大半です。

インプットは、書籍から、また、莫大な情報があるインターネットからであったりと玉石混淆であるものの量(質はともかくとして)が多くなっています。

自分自身、本を読むのも好きですし、情報を集めて整理するのは好きな方で…つまりインプットは出来ているとします。

一方、アウトプットですが…最近、アウトプットが質量ともに自他共に求められているハードルがクリア出来ているかと自問すると…ちょっと「落第点」かなと思いました。
量的には求められるスピード感(アウトプットの数)が足りないですし、また質的にも上記のインプットをうまく活かせていないように感じています。

量のスピード感を上げるには、「実際に手を動かし」て、「引き出し」(資料におけるデザインパターン的なもの)を数多く作って、経験値を積み重ねていくことである程度解消出来ると考えています。

もちろんこの「引き出し」にもインプットを活かす(例えばパワーポイントのテンプレート集のサイトを見てそれをいつでも利用出来るようにしておく)ことも大事です。

一方、質は、「情報」の観点から考えた場合…

1:手元に集まっている。
2:理解して自分の中で消化する。
3:アウトプットに活かす。

…の3段階のうち、2段階目が滞っている感じです。

多すぎて滞っているというよりも、表面上でしか読んでいない(だから「消化」出来ていない)ので3段階に行けていない(出来ていない)ようなイメージです。
 
改善方法として、インターネット等の情報を読む時にはあまり流し読み(内容によってはそれでも良いですが)せずにもう少し深く考えてみようと(もちろん事前にこの情報が必要だと認識する選別はしますが)思っています。
書籍に対しては1回読んで「ああ、良い内容だった」では無く、2度3度と読んでみて、内容の裏側や著者の本当の言いたい事、また自分ならどうするか等、より深く理解して、自分の中に蓄えていくのが大事かなと。

自分の本棚やAmazonの履歴を見たら、「どうも最近似たような内容の本が多いなぁ。その割にはその分野に対し、理解度が高まっているかと言われるとボンヤリしてるなぁ」とと思ったわけです。

年齢や仕事の内容が、(今までもそうでしたが)よりアウトプットの質量を上げる必要があると感じているわけで、このエントリとなったわけです。

※注意:この記事は旧サウスポーなエンジニアの独り言から移行し一部修正したエントリです。

Photo via Visual Hunt