日常」カテゴリーアーカイブ

「お世話になりました」エントリを見るのはツライものです

所属している組織はそれなりの規模なこともあり、毎月何人かが去っていきます。

社内SNSを使っている人は(人事異動の連絡が出る前に)自分で「お世話になりました。」エントリを書いていく方がちょくちょくいるのですが、
この7月末にもそういうエントリをいくつか見ました。
ただ、この7月末には、(直接一緒に仕事をしたことはありませんが)普段の言動から「この人尊敬できるなぁ」「方向性が一緒で切磋琢磨していけるなぁ」と思っていた…自分の一方的な想いかもしれませんが…方々のエントリがあったので、けっこうガックリ来ています。

そういう方向性が一緒の人が多い組織だと、(自分にとって)心地良い居場所でもあり、良い仕事ができると思うからです。
また…今は(自分が)まだ思っていないにしても…今の所属する組織に「No!」が(自分が方向性が合うなぁと思っていた人から)突きつけられたような感もあります。

同じ業界にいるようですし、TwitterやBlogなどで活躍は知ることができそうなので、これからも刺激にしていきたいと思います。

※注意:この記事は旧サウスポーなエンジニアの独り言から移行し一部修正したエントリです。

Photo via Visual hunt

発表資料に対する責任

関係者が順々にプレゼンしていくある会議での出来事です。

ある発表者が冒頭で「え~、これから××についてご説明いたします。が…この資料、私が書いたものでないので、詳細な質問はご容赦ください…」というようなことを言い出したのです。
社内の会議でしたが、「なんだかなぁ~」としばし呆然となってしまいました。

資料の書き手が自分以外であっても、発表者がその責任を持つべきだと思いますし、聞く側も(書き手ではなく)発表者に質問をするものです。
#発表者とその資料に対する責任者が明確になっていれば、その限りではありませんが。

(資料が出来上がるのが遅かったなど)色々と理由はあるのかもしれませんが、発表者は発表内容、資料内容を理解して、想定される質問とそれに対する回答…その回答の妥当性も含めて…などはしておきたいところです。
そんな状況ですので、受け手も質問する気がなくなります。
しどろもどろな受け答えで回答になっていない、回答できても(資料に対する責任を持っていないので)責任ある回答ではなく、意味がなかったりします。

「あぁ、この会議のコスト…これだけの人数に時間かぁ…これくらいやなぁ。こんな発表でそれだけの成果が出せるんかなぁ」なんてことを思ってしまいました。

※注意:この記事は旧サウスポーなエンジニアの独り言から移行し一部修正したエントリです。

新しいチームリーダーのことを社内SNSで知った

12月頭に全社横断的に(主に開発工程の)生産性向上をミッションとする部門に異動になりました。
で、「まずは顔合わせを…」ということになりました。

新しいチームで一緒になるチームリーダー(上司)は分かっていましたので、社内SNSで探して、会う前にその方の書いているブログをザッと読んでみました。
#そのチームリーダーとはお話したことはありませんでした。

一定量のブログを読むと、その人の大まかな方向性や好き嫌いなど見えてくると思います。
で、そのチームリーダーの方のエントリもそこそこあったので、なんとな~く、どういう方かイメージを持つことができました。

また、ブログのコメントでは、なんとなく人のつながりも見えて「あ、この人(自分が知っている人)と知り合いなんや」というのも分かったりしました。
その後、実際に顔合わせをしたのですが、ブログを読んでいたせいもあって(無用に緊張せず)話ができたように思います。
#「あのエントリ、興味深かったです」というように話題にも事欠きませんでしたし。

もちろん、変な先入観を持たないように気をつける必要はありますが、社内SNSを有効利用できたシーンだったと思いました。

※注意:この記事は旧サウスポーなエンジニアの独り言から移行し一部修正したエントリです。

Alexandre Debiève

嬉しい言葉「また一緒に仕事をしたいですね」

「またこのチームの皆さんと一緒にプロジェクトをしたいですね!」

システムのカットオーバーを無事に迎えたプロジェクトの打ち上げで、クライアントからこんな言葉をもらえるとすごく嬉しいものです。
こういう言葉やクライアントの笑顔を見ることができるのはエンジニア冥利に尽きます。

一方で「二度とこの人達とは一緒に仕事をしたくない」と残念な言葉を持つことがあります。

クライアントだけでなく、所属会社に関係なく一緒にプロジェクトを遂行したチームメンバーや上司など関係者にも、同じように嬉しい言葉、残念な言葉の両方をもらい、自身も思うことがあります。

できるだけ嬉しい言葉をたくさんもらうため、そして自分が言えるように、役割を固定せず積極的に越境していき、最後には冒頭の言葉をもらえるようにやっていきたいものです。
10年くらいの経験ですが、自分は冒頭の言葉を思うことが多くありましたし、何度かはクライアントやチームメンバーから良い言葉をもらいました。
そういう体験を思い出すたびに「よし!今度のプロジェクトもそう思う、思われるように頑張ろう!」と思うわけです。

Photo credit: J. Star via Visual hunt / CC BY-NC-SA

※この記事は旧サウスポーなエンジニアの独り言から移行し一部修正したエントリです。

「従業員」満足度調査

本人が望む、望まないは別として「顧客満足度調査」等のようなアンケートに答えたことが1回はあると思います。

その兄弟で「従業員満足度調査」なるものがあります。
「自分の会社にどれほど満足しているか1~5段階で教えてね」というそのまんまなものです。

で、この前、会社でその「従業員満足度調査」があったわけです。

この手のものにマジメに答える方で、せっせと書いていたのですが、下のような設問を見てフト思いました。

「職場では自由に意見を言い合える」
「職場では役割分担ができている」

この「組織」の定義について『「職場」とは「チーム」あるいは「部」とします』と解説がありました。
よくあるSEの仕事形態として、プロジェクトが開始/終了する度にメンバーの集合離散があり、あまり部門に縛られない動きになることが多くあります。

なので…

「部門としてはすっげぇ意見を言いやすいよなぁ…。上司も話を聞いてくれるし。けど今のプロジェクトチームはリーダーがいまいちで、人間関係ボロボロだから、みんな意見なんて言わないし、自分も言わないよなぁ」

と思ったり、その逆で…

「このチーム(パートナーさんも含めて)、サイコー!!だけどこの部門はぬるま湯に浸かって腐ってるわ」

…てなこともあるわけです。

「部門は良い = 5」けど「チームは悪い = 1」ので、「平均」して3(普通)とするのは満足度の背景が伝わらず、感情的にどうも納得がいきません。かといって、どちらかの値をとって 5 or 1 とするのも別の意味で満足度が反映されていないのでイヤなわけです。

補足など文章を書く欄があれば良いのにって思いますが、だいたいこの手は数字記入しかありません(定数的に分析したいからですが)。

『「満足度調査」と言っても、それなりに良い数字を出して「こんな風にうちの会社は従業員満足度が高いですよ~」なので「良い会社ですね~」てのを内外にアピールするだけのもんなんだろうなぁと』
…と改善が好きな私としてはちょっとダークな気持ちになったわけです。

※注意:この記事は旧サウスポーなエンジニアの独り言から移行し一部修正したエントリです。

Photo credit: plings via Visual hunt / CC BY

インプットとアウトプットのバランス

仕事ではインプットに対してどのようなアウトプット(成果物)を出すかが大事です。

一握りの創造性豊かな人以外にとって、そのアウトプットの元ネタとなるインプットが存在していることが大半です。

インプットは、書籍から、また、莫大な情報があるインターネットからであったりと玉石混淆であるものの量(質はともかくとして)が多くなっています。

自分自身、本を読むのも好きですし、情報を集めて整理するのは好きな方で…つまりインプットは出来ているとします。

一方、アウトプットですが…最近、アウトプットが質量ともに自他共に求められているハードルがクリア出来ているかと自問すると…ちょっと「落第点」かなと思いました。
量的には求められるスピード感(アウトプットの数)が足りないですし、また質的にも上記のインプットをうまく活かせていないように感じています。

量のスピード感を上げるには、「実際に手を動かし」て、「引き出し」(資料におけるデザインパターン的なもの)を数多く作って、経験値を積み重ねていくことである程度解消出来ると考えています。

もちろんこの「引き出し」にもインプットを活かす(例えばパワーポイントのテンプレート集のサイトを見てそれをいつでも利用出来るようにしておく)ことも大事です。

一方、質は、「情報」の観点から考えた場合…

1:手元に集まっている。
2:理解して自分の中で消化する。
3:アウトプットに活かす。

…の3段階のうち、2段階目が滞っている感じです。

多すぎて滞っているというよりも、表面上でしか読んでいない(だから「消化」出来ていない)ので3段階に行けていない(出来ていない)ようなイメージです。
 
改善方法として、インターネット等の情報を読む時にはあまり流し読み(内容によってはそれでも良いですが)せずにもう少し深く考えてみようと(もちろん事前にこの情報が必要だと認識する選別はしますが)思っています。
書籍に対しては1回読んで「ああ、良い内容だった」では無く、2度3度と読んでみて、内容の裏側や著者の本当の言いたい事、また自分ならどうするか等、より深く理解して、自分の中に蓄えていくのが大事かなと。

自分の本棚やAmazonの履歴を見たら、「どうも最近似たような内容の本が多いなぁ。その割にはその分野に対し、理解度が高まっているかと言われるとボンヤリしてるなぁ」とと思ったわけです。

年齢や仕事の内容が、(今までもそうでしたが)よりアウトプットの質量を上げる必要があると感じているわけで、このエントリとなったわけです。

※注意:この記事は旧サウスポーなエンジニアの独り言から移行し一部修正したエントリです。

Photo via Visual Hunt

「お医者さん」だって全部の病気を知らないでしょ?

仕事、プライベート問わず「パソコンの事」を質問されると結構困ります。

自分の知っている/使っているアプリケーション、OSに関する質問であれば、それなりに答えられます。
もし、答えが分からなくても、(経験上)当たりをつけて調べれば、それなりの答えが見つかることが大半です。
#ちなみに私は業務系アプリケーションを提案、設計するSE(最近はこれも怪しいですが)です。

しかし馴染みの無い、もしくは専門外アプリケーションだと、そんな簡単にはいきません。

例えば、Illustrator、Photoshop等です。
またメールクライアント1つにしても「OutlookExpress」と「Outlook」は似て非なるもので、私はそのどっちも使っていません。
#同じ会社のアプリケーションなのになぜこうも紛らわしい名前にしたんでしょう?
だいたい「Outlookがさぁ~、なんかおかしいのよ」て聞かれる度に、まず「それは(「OutlookExpress」と「Outlook」の)どっち?」と確認から始まります。

閑話休題。

そんな時に分からない旨を伝えると「あんた、SEやろ?パソコンなら何でも分かるんちゃうの?ホンマに分からないのん?教えてくれてもええやん」に類似する(時には刺々しい)言葉が返ってきます。
質問者も「あぁ~、分からへん!!」とイライラ状態なので、そんな言葉が出るのも多少は理解出来るんですが…(苦笑)。
昔はいちいち腹立っていましたが、最近は一息ついてから…

「”医者”と一口に言っても内科、外科、眼科、心療内科とか色々あるわね?どんな医者でも基礎的な質問(ちょっと熱っぽいんですけど?→風邪(かも)しれませんね)ならアドバイスもらえるでしょ?
そやけど、”眼科”医に『会社に行く気が起きないんですけど…』と相談しても『心療内科に行って下さい』と言われるやろ?
それと一緒でSEやから言うて全部のアプリに詳しいわけじゃないのよ。」

…と答えるようにしています。

大半の質問者は「そっかぁ、そない言われたらそうやねぇ」と理解を示してくれ、その後に「このアプリケーションなら、このページやこの人が詳しいからそちらを当たってみれば?」とアドバイスを言えば、それなりに納得してくれます。
#上記の状況で(それでも頑張れば)何とか答えれることもあるのですが、それをしない理由もまた考察したいです。

※注意:この記事は旧サウスポーなエンジニアの独り言から移行し一部修正したエントリです。

Photo via Visualhunt